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乃木坂46の松村沙友理の真実〜大学受験とアイドル!!

最近乃木坂46のファンになった人、結成当初からファンの人など様々な人がいると思いますが、あまり知られてない乃木坂46のメンバーの真実について書いていきたいと思います。

この記事を読むことでさらに乃木坂46について詳しく知ることができます。

情報のソースとしては、乃木坂46物語という300ページの本の内容です。

乃木坂46のドキュメントを知る為に一番良いのは、映画の「悲しみの忘れ方 DOCUMENTARY of 乃木坂46」は本当におすすめできる映画ですが、

乃木坂46物語には映画に描かれていない乃木坂46の葛藤や対立・青春などが描かれています。

乃木坂46物語

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今回は、第1回目の内容となりますが、乃木坂46物語には詳しくは書かれていませんが、僕自身大学受験には大きな思い入れがあるので、乃木坂46の松村沙友理さんの大学受験について、壮絶なストーリーがあるので書いていこうと思います。

東日本大震災と大学受験

松村沙友理さんが卒業した高校は、高校野球でも有名な大阪桐蔭高校という進学校であることは多くの人がご存知だと思います。

大阪桐蔭高校は、主に3つのコースに分けられており、スポーツ推薦で入るような「Ⅲ類」、国公立大や難関私大を目指す「Ⅱ類」、東大・京大・国公立大医学部を目指す「Ⅰ類」に分けられています。

松村沙友理さんは、偏差値約63の「Ⅱ類」のコースに通っていたと言われています。

大学受験の志望大学は大阪大学の「医学部の保険学科の看護学専攻」で、センター試験で必要な得点率は78%、偏差値は57.5。

国公立の理系で大阪大学を目指すくらいですから、これは人によるとは思いますが、相当頭は良かったと客観的に言えるのではないでしょうか。

しかし、彼女は現役の時の大学受験の前期試験で大阪大学、医学部保険学科看護学専攻を落ちたと言われています。

そして、後期試験で受けたのが筑波大学の医学部看護学科、センターの得点率73%、偏差値57.5。

※大学受験のシステムがわからない人に簡単に補足すると、大学入試試験は1次試験であるセンター試験、そして、大学独自の形式で行われる2次試験があります。

センター試験と2次試験の結果が総合的に判断され、受験生の専攻が行われます。

2次試験は前期試験と後期試験があり、前期落ちた場合でも後期試験を受けることができますので2度チャンスがあり、

主に前期で第1志望を受験し、滑り止めに後期で受験校を選定するなど色々な戦略があります。

本題に戻りまして、松村沙友理さんは高校は進学校に通い、そのまま受験を頑張り大学へと進もうとしていました。

しかし、彼女の受験は日本を大混乱まねいた大震災、東日本大震災と共に大きく狂わせられることになります。

2011年3月11日。

国公立の後期試験を翌日3月12日に控えていたため、松村沙友理さんは大阪から離れ受験をするために前泊をしていました。

そんな時に、大震災が起こります。

彼女の2012年3月12日のブログでこんなことが書かれています。

2011.3.11 2012.3.11 震災から1年が たちました。 皆さんは今日をどんな気持ちで 過ごしましたか? 1年前の松村は 受験生で 翌日の3月12日が 国公立の後期入試のため 家をはなれていました。 友人も全国に散らばっていて 連絡がつかず 凄く不安だったのを 覚えてます。 テレビでは現実とは思い難い 映像が ながれていて ラジオは安否確認の放送 そして高速道路には 見たことのない数の 救急車に消防車、自衛隊それに 大型バスが私たちの反対側を はしっていました。 私は大阪に戻るために 被災地から逃げるように はしっていました。 凄く悔しかった。悲しかった。 多くの人が支援に向かっているのに 私は何もできなかった。 看護師を志していても 只の学生、 自分の無力さが凄く嫌だった。

「私は大阪に戻るために被災地から逃げるようにはしっていました。」

あれだけの大震災があったので、当然国立大学の2次試験は中止となりました。

彼女は受験日に逃げるようにして大阪へと戻った。

3月12日には原発も暴走をはじめていましたので、逃げるしかない、まさにその選択は正しかったと言えることでしょう。

大学受験の後期試験の中止。

本来の選考基準では受験生を選考することはできないため、大学側は2次試験を実施せず、センター試験の得点、調査票の結果から受験生を選考することになりました。

2011年当時の筑波大学の合格実績の資料があるので以下を確認ください。

Z会の資料より(https://img.atwikiimg.com/www20.atwiki.jp/zwiki/attach/134/1218/016_11_r.pdf

現在では、筑波大学は医学部看護学学科の後期試験の募集はありませんが、当時は5人募集をしていまして、合格者を10名出しています。

受験者数は65人です。リンク先に詳しく書いているので、確認したい人はリンクをクリックしてみてください。

10名の合格者に松村沙友理さんが入っている確証はどこにもありませんが、大阪大学を受けるくらいですので、

センター試験の得点率が高かったのではないかと予想され、合格したのではないかと推測されています。

これは、映画の「悲しみの忘れ方 DOCUMENTARY of 乃木坂46」で、生駒里奈さんと松村沙友理さんが喧嘩した際に発した言葉から推測されていることですが、

「私は本当は大学行けたの、大学受かってたし、あの学力だったら普通に合格できてたの、それを全部捨ててここに来たの。」

この発する言葉の意味として、大学の後期試験は受かったいたが浪人した。

そして、筑波大学を合格するくらいだから普通に浪人すれば大阪大学も学力的には受かっていた。

正直、センター試験と2次試験は対策も傾向も全く違うので、東日本大震災の影響でセンター試験の結果だけで受かった後期試験は参考にはなりませんが、筑波大学に受かるほどの実力はあった。

しかし、当時福島県と隣接する茨城県は原発などの懸念から進学を諦める人も多くいたため、松村沙友理さんも浪人する道を選んだのではないかと思います。

彼女の大学受験に関することは2チャンネルなどにも書かれていますが、当時のデータなどを元にこの記事ではかなり核心に迫っているのではないかと思います。

話は変わりますが、結局は大学受験を捨て彼女はアイドルになりました。

この選択は正解だったのかはわかりませんが、彼女は現在芸能界という場所で輝いています。

看護師になりたくて受験勉強を頑張った松村沙友理さん。

しかし、彼女は乃木坂46のオーディションの1年前にAKB48グループのNMB48の1期生オーディションも受験しています。

浪人しても成績が思うように伸びず逃げ出したとも言われることがありますが、彼女は本当は看護師ではなくアイドルになりたかったのではないかと思います。

そして現在は芸能界で輝いています。

もし、震災が起きていなかったら彼女は普通に大学生になり、普通に就職し看護師になっていたのかもしれません。

松村沙友理さんにとって、震災はおそらく大きなターニングポイントになったのではないのか、僕はそう思います。

第1回、乃木坂46物語は以上となります。

この記事が為になったと思った人は第2回もお読みください。

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